『田原総一郎を、訴えるな!!☆』


拉致家族のみなさんへ・・・











                        ミカエルです


だ~れも、北朝鮮の拉致なんか、
全く、興味の無い時代から、
田原総一郎は、一生懸命、取り組んでた。

それを、追及する事自体が、危険な時代も、長い間あったのに・・・。

北朝鮮の拉致、取り上げても、
視聴率は、見込めない時期も、時代も、一杯あったのに、
あえて、取り組んでくれた。

今だって、何%の人が、興味、あるって言うんだ・・・。

第一、田原総一郎が、拉致を、取り上げたって、
彼自身には、一円の得にも、なりゃしない。


彼は、ただ、ひたすら、義憤に駆られて、
戦ってきたのである・・・。


その中の、たった一言を、取り上げて、傷ついたって、

訴えるなんて、絶対、おかしいよ。


よくぞ、取り上げ続けて下さいましたって、
感謝した事、ある?


アタシは、一度も聞いた事が無い。

そして、こういう事、するから、

ただでさえ、取り上げてくれないのに、

報道部門で、取り上げられなくなってる。



驚いた事に、
ジャーナリストの誰一人として、
田原を、援護射撃しない。

寝てんのか?
ジャーナリストは、全員、寝てんのか?



ところで・・・



「韓国のテレビ、ラジオでは日本の映画、ドラマ、音楽を放送するのは法律で禁止されています」



っていうのは・・・本当ですか??


ところで、今、高松には、春秋空港から、
上海からの、お客様を、お迎えしてます。
だから、最近、こだわる事がある。


『南京大虐殺館』は、なんと日本の社会党の要請で、作った・・・


何、考えてんだ?
社会党・・・・



日本からの要請と寄付 [編集]

元日本社会党委員長であった田辺誠は1980年代に南京市を訪れ当館を建設するよう求めた。しかし当初、中国共産党は資金不足を理由に建設には消極的だった。そのことから同氏は総評から3000万円の建設資金が南京市に寄付し、その資金で同紀念館が建設された[4]。3000万円の資金のうち建設費は870万円で、余った資金は共産党関係者で分けたという。また記念館の設計は日本人が手がけた


被害者が、アタシが、子供の頃は、3000人だか、3万人だかだったのに、
いつにまにか、30万人にしてる。


3枚の写真は
「連行される慰安婦たち」
「日本兵に惨殺された幼児たち」
「置き去りにされ泣く赤ん坊」としていたものであり

、特に「連行される慰安婦たち」とされる写真は
アサヒグラフに

「農作業を終えたあと、
日本兵士に守られて
帰宅する農村の婦子女たち」として掲載された写真であり、

この写真はアイリス・チャンの著書
『ザ・レイプ・オブ・南京』や

本多勝一の『中国の日本軍』等でも
日本の残虐行為として紹介されるなど、
国内外で誤用されてきたとしている


日本兵に守られて、
農作業の後、帰宅する農村の婦女子達の様子を、


連行される慰安婦、
日本兵に惨殺された幼児達、
置き去りにされた赤ん坊として、紹介してるって事だ☆



バカ野郎、たんぼの帰り道を、日本人に守ってもらって帰ってる姿が、
なんで、慰安婦にされなくちゃ、いけないのよ!

赤ん坊は、日本兵のおかげで、元気に育ってる訳だし


どんだけ、さかさまに報道してんのよ!


『日本政府が、日本の事を、中国や、韓国で、どう報道してるか、無関心過ぎる』


今までなら良い・・・

けど、今は、インターネットで、子供でも、
硫酸を、手に入れたり、

毒物を手に入れたり、

爆弾を製造したり、できる時代よ、
ほっとくわけには、いかない時代なのよ・・・。

コメント

reijirou
2011年9月5日16:04

こんにちは


まことに勝手ながらリンク張りました


ヘンな日記ですが良かったらよろしくお願いします

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索