3、TRON問題とは何か
1987年、東京大学の坂村健教授が提唱したBTRONと呼ばれるOSを、文部省は1989年から導入予定だった教育用パソコンの標準規格として採用することを決定した*11。翌1988年には試作機が完成*12、BTRONを搭載した教育用パソコンの導入計画は順調に進んでいるかのように見えた。
しかし、1989年4月27日、米国のUSTRが発表したNTE(外国貿易障壁報告書)において、TRONは貿易障壁の対象項目として挙げられた*13。米国にはTRONが将来的に日本市場を席巻し、自国のOSが競争力を弱める可能性があるとの危機感があった。NTEではBTRONの教育用パソコンへの採用に関し、日本政府がTRONの開発に協力することは政府の市場への介入だと批判した*14。結局、スーパー301条の適用対象からは除外されたものの*15、文部省は結局BTRONの教育パソコンへの採用を断念*16、BTRONの開発は頓挫することとなった。
これが、日米通商摩擦の狭間で起こったTRON問題の大まかな流れである。同年1989年8月2日、日本電電(NTT)がCTRON*17準拠を交換機や通信用コンピュータなどの国際調達の条件にしたため*18、TRON計画そのものが無くなることはなかったが、USTRの介入によりBTRONの教育パソコンへの採用や、一般のパソコンへの普及の道は閉ざされてしまった。TRONの公式ホームページには、「スーパー301条候補品目、BTRON PC開発断念」とだけ記してある。*19
TRONは、1989年のNTEレポートにおいて、マイクロソフトのMS-DOSや、IBMのOS/2、UNIXといった米国のOSの長期的なシェアに対して多大な影響を及ぼすと指摘されている*20。
つまり、USTRは単にB-TRON仕様のパソコンを文部省が調達することが日本政府の市場への介入だとして批判したのみではなく、TRONを米国産OSに対する対抗勢力と見なし、その勢力を押さえつけるために政治的に圧力をかけたのである。日本政府はTRONの技術的な先駆性に気づくことができず、不必要な妥協をしてしまったのである*21。
4、国益を重視できるグローバリズムへ:誰のための利益か?
TRONの魅力はそのOSにあるのではなく、坂村教授の提唱する「どこでもコンピュータ」という未来像にある。坂村教授にはコンピュータが自動車と同じようにユーザーにその内部構造を意識させないで使える便利なツールになって欲しいという願いがある*22。
コンピュータが今後人びとにとって優しいツールとなるためにも、日本政府は二度と過去の過ちを繰り返すことなく、この日本生まれのTRONを対外圧力から守り、発展させていく義務がある。
グローバリゼーションが進行している現在でも、保護主義政策の重要性は変わっていない。それが、ネオ・テクノ・グローバリズムの世界ではないだろうか。国際電気通信連合(ITU)の事務総局長、内海善雄氏は雑誌上のインタビュー*23の中で、「アングロサクソンの世界では、交渉には表と裏があり、いかにも正当性があるようなことを言ってきても、その裏には自分たちの利益がある。にもかかわらず、日本は表の部分だけをとらえてしまう。もっと交渉をうまく進める必要がある。」と述べている。TRON問題に関しても、米国の意図がどこにあったのかを、日本政府は見抜けないまま妥協してしまったのではないだろうか。
TRON問題に関して、日本は米国の効果理論を行使した過剰な干渉行為に対して、GATTに提訴するといった方法で、米国の干渉行為に対抗できたはずである。
米国の政策に追従するのみの外交政策や、技術を軽視し政治的に物事を解決する態度を日本政府が改めない限り、同様の問題は今後も発生していくものと思われる。
効果理論の適用により、米国の日本国内産業への過度な介入が行なわれている。今必要なのは、日本政府が国益として国内産業を守り、その健全な育成を助長していくことにある。それは、グローバリゼーションが進行する現在の国際政治経済の環境下で、いかにして国家としての利益を日本国政府が理解できるかにかかっている。
日本政府の技術への正当な理解とその育成のための政策を求む。
添付資料1
1985年から1991年まで日本経済新聞社の4紙(日本経済新聞、日経産業新聞、日経流通新聞MJ、日経金融新聞)に掲載された主なTRON関係の記事の一覧
1985-11-13 ソフトウェア激動期(5)TRONプロジェクト――電算機、日本語母体に
1986-04-02 TRON、90年代の標準機めざす――独自OS相次ぎ登場、来春にはパソコンも
1986-06-17 電子工業振興協会、「TRON協議会」設置――日立など8社が参加
1986-11-20 32ビットへの挑戦・パソコン新時代(上)同床異夢TRON連合
1987-03-27 日の丸OS「BTRON」、天下取れるか――販売状況の混乱に乗じマ社の牙城に挑む
1987-05-09 TRON協、米社加盟拒否――「国産育成」の建前が壁、個人参加も難しい状況
1987-06-07 離陸TRON計画――TRON協議会代表金原和夫氏
1987-08-28 教育用パソコン標準仕様――B-TRON有力
1987-10-06 教育用パソコンTRON規格で決着へ、日電が歩み寄

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