それとね、


条例を決めるときのパブリックコメントが県庁内からが、ほとんど



これ、おんなじ人がたくさん、賛成票いれてたかもしれないって訳じゃん



パブリックコメントを整理するのが、高齢者の部署だったら、


これは、応援が必要だわ、



デジタルリテラシーが、まだ、不十分だったった頃、決めたから、
もう一度、見直してみようよ、

実際は、反対の方が多かったみたいだ



ゲーム会社規制を求めよう、


未成年への課金が、10万円を超えたら返金とかに、

実際、400万円使って、進学できない家庭が現れたみたいだから


他府県ですけど



パチンコも会員制にして年金生活者は、1か月6万円は禁止ってしようよ、


破綻するでしょー



『核のゴミは、危険利権』


武田邦彦先生が、わかりやすく説明してくれてます


 ◆安全な貯蔵は可能

 核廃棄物が安全であると説明する理由は2つある。まず、原発を運転しているときの核燃料の発熱量を100とすると、運転を止める(臨界を止める)と発熱量は10になる。原発が危険なのは放射線と熱だが、熱は放射線量にも比例しているので、原発が安全に運転できるなら核燃料の危険性はその10分の1以下であることがわかる。

 そしてもう1つ。核廃棄物は貯蔵して10年を経るとさらに10分の1になり、稼働中の原発に比べて、危険性は100分の1になる。もともと使用済み核燃料は、取り出して数年は原発敷地内で冷却保管されるので、貯蔵所に移動、格納されて数年後にはさらに安全な状態になる。

 だから「原発の運転が安全にできる国」は立地、技術、管理などあらゆる面で核廃棄物を安全に貯蔵することができる。日本が地震国・火山国であることは無関係である。また、原発から運び出される状態になった廃棄物は冷却がいらないから、冷却水の必要な海岸線などに建設しなくてもよいので、より立地の制約も少ない。



 ◆まるで「裸の王様」

 では、原発は建設されているのに、廃棄物が処分できないのはなぜだろうか。まず第1に、研究者の利権がある。廃棄物の危険性が高まるほど研究費がつくからだ。第2に中央官庁の存在がある。廃棄物が危険なほど規制強化は不可欠であり、厳しい許認可を必要とするので権限が増え、天下り先が増える。

 第3に地方自治体だ。これも危険であればあるほど、交付金などを受けることができるのでうまみは大きい。政治家も口利きなどで働けるので、票集めにも政治資金的にも望ましい。

 そして、最後に挙げられるのが建設関係者だ。機械、電気、土建など幅広い分野で大量の受注が見込まれるし、危険性が高ければ相応の技術力も求められるので、力のある企業にとってはいいことばかりだ。このように、原発の核廃棄物は危険性が低いのに、「危険だ」と強調することは関係者にとって素晴らしいことなのだ。

 廃棄物はそれほど危険ではないという論文が専門学会の論文賞候補になるぐらいなのに、危険性が強調され、今度のように「処分に必要な場所のマップ」がお役所から出てくると、まるで「裸の王様」の話を思い出す。現在の日本は「科学技術立国」と言いながら、多くの事柄が科学的合理性に欠け、情緒的にとらえられており、それは決して日本のためにはならない。


原子力の専門家は十分議論をして「核廃棄物は原発よりずっと安全だ」というコンセンサスを作り、はやく「トイレのない産業」の状態から脱すべきである。また、メディアも当たり障りのないことだけを報じるのではなく、利権に触れた報道が必要である。



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【プロフィル】武田邦彦 たけだ・くにひこ 中部大特任教授。昭和18年、東京都生まれ。日本エネルギー学会賞など受賞多数。環境問題に対して定説と異なる主張を展開して注目を集め、テレビでコメンテーターとしても活躍する。著書に『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』(産経新聞出版)など。



【iRONNA発】
危険あおればカネを生む「核のごみ利権」 科学的特性マップ公表 武田邦彦氏


原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物「核のごみ」について、経済産業省は最終処分場の候補地となり得る地域を示した「科学的特性マップ」を公表した。日本の基礎自治体約1750のうち、約900が安全に処分できる可能性が高いとされたが、紆余(うよ)曲折は避けられそうもない。マップの公表で議論は進むか。(iRONNA)



 どんな産業でも、その産業から出る廃棄物や有害物の処分ができない場合、工場などの建設や操業は許可されない。もしも、許可されるようなことがあったら、日本中が危険物や有毒物質であふれかえるだけだ。

 だが、1つだけ例外がある。それが原発である。原子力発電は昭和38年から運転されていて、50年を超えている。それでもまだ運転により発生する廃棄物を処分することができないという異常な状態にある。

 その最大の要因は「あまり危険ではないものなのに、非常に危険」ということになっているためだ。理由は、原発を止めたい反対派と、利権を得たい賛成派の思惑が一致するからである。原発の廃棄物が危険だという幻想を抱かせて、原発を止めようとする反対派のやり方は納得性があるが、賛成派までが安全なものを危険という理由はわかりにくい。

 なぜこの点を強調するかといえば、筆者自身、日本原子力学会に核廃棄物の安全性に関する論文を提出し、学会賞の最終選考に残っているからだ。

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